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竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記

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「竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記」を読んで考える

書籍名 : 竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記
著作者 : ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ
出版社 : ハート出版
発売日 : 2013/07
ISBN : 9784892959219

私たちは本当に「世間知らず」のままで良いのだろうか (2013/11/08)

この「竹林はるか遠く」に描かれた物語は、1945年当時11歳の少女「擁子」が、満州鉄道に勤める父親の関係で朝鮮半島北部、ソ連との国境近くの沿海の町に住み、そこから、終戦間近の朝鮮人共産兵による殺戮や、一部の朝鮮人による暴行、強奪をかいくぐり、母、姉と共に朝鮮半島を南下、釜山を通り日本へ脱出する過酷な行程を描いたものである。

残虐な描写も多いが、20年前に出版された英語の原書はアメリカで中学生の教材として使用されているそうである。「擁子(ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ)」の子供の頃の記憶を元に書かかれたので正確ではない部分もあるかもしれないともあるが、これが約70年前、そんなに遠くない昔に日本人を襲った現実であることは間違いないと思う。

最近は、スポーツ新聞などでも韓国を叩くと売り上げが伸びるとのことらしく韓国のネタも多いが、この本はその類の本ではない。言葉では表現し切れないようなクズ過ぎる日本人憲兵もでてくるし、親切な朝鮮人もでてくる。

私は、「一体、日本では何があって、今、日本はどうなっているんだ」という激しい思い駆られ、出来る限り多くの本を読みたいと思った。そして手に取った中の一冊である。まず、感じたことだが、この主人公の少女は比較的裕福で恵まれた環境に育ち、何よりも神に愛され奇跡的に日本に辿り着いたが、この家族の裏で、特別に恵まれてもいない人々を襲った悲劇の深さに対する心の痛みを意識せずにはいられなかった。

過酷な行程を経て、少女とその家族は日本に辿り着くわけだが、少女の母親は彼女がかつて学んだ京都で、少女を学校に通わせる。京都は大規模な空襲を免れたこともあり、今の日本とも余り変わらないような日常があった。そんな中、教室に過酷な戦いをくぐり抜けてきた汚い身なりの少女がひとり加わり、強烈な虐めに遭う。これが日本の保守的な人の言う「古き良き日本」なのかとも思ったが、親切にしてくれる人は同じ痛みを持つ人たちのなかでも極々一部の人だけで、その他のほぼ全ての人は冷酷なのである。少女は同級生に対し、

私は、彼女たちがいかに世間知らずかを、言ってやりたかった。そして生と死についても、もっと学ぶべきだということを。しかし、そんな衝動を必死に押さえ、逆に私はぼろ服を着ていても、どんなに勉強が出来るかを見せてやろうと思った。

と綴るのであるが、言葉の重さに驚くばかりである。

2013年8月13日にNHKで「知られざる脱出劇~北朝鮮・引き揚げの真実~」という番組が放送されたようである。まさにこの本と同じ舞台を別の切り口で番組にしたようだが、インターネット上には、なぜ「朝鮮を植民地支配していた日本」と明言するのだといった意見がある。当時から、世界的にも「併合、合邦」で認められていたものを、わざわざ「植民地支配」とする公共放送、きっと、植民地支配に恨みがあったから朝鮮人共産兵による大量虐殺も許されるということなのだろうが、一体、朝鮮半島の何処に「植民地」としての資源があったのか。そして、朝鮮人共産兵による民間人虐殺は完璧に戦争犯罪だ。NHKでは朝鮮人共産兵による日本人虐殺をどう取り扱ったのか興味があるが、NHKに、この主人公の少女が言うように「生と死についても、もっと学ぶべきだ」とは言いたくもない。一刻も早く解体しなければ日本が解体される、きっと手遅れではない、と私は思う。

この本には、こんな会話もある。知り合いの軍人が少女の家族に朝鮮半島北部の家から脱出するように勧告してくれるのである。

「まもなくソ連兵が上陸してきて、きっと皆さんを捜しに来ます。ここに残っていては殺されてしまうでしょう」
「どうして?」
「ご主人が満州で日本の利権のために仕事をしているからです」

現在、日本の利権のため又は、日本のグローバル企業の利権のために、ご主人が働いているご家庭も少なくないのではないか。なぜか日本人は経済活動であれば何をしても良いと考えているから不思議だ。どの本を読んでも戦争の原因は利権争い、経済活動だ。そして何よりも朝鮮を併合などしてはいけなかったのだ。日本人は朝鮮人のためにもと思う。しかし、その意識の違いがこの惨劇だ。アジアの独立を謳うのは立派なことだ。ならば保護国のままで充分だったのだ。朝鮮人のことは朝鮮人に任せるべきだったのだ。

国際化などというが、大正時代は、今よりもよっぽど国際化されていた。そして、辿り着いた先が、この深過ぎる悲劇だ。私たちは本当に「世間知らず」のままで良いのだろうか、と思う。

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