ホーム 本を読んで考える 降ってきた平和という幻想
肉弾―旅順実戦記 (中公文庫)

amazonで書籍詳細表示

「肉弾 – 旅順実戦記」を読んで考える

書籍名 : 肉弾 - 旅順実戦記
著作者 : 櫻井 忠温
出版社 : 中央公論新社
発売日 : 2016/01
ISBN : 9784122062207

降ってきた平和という幻想 (2017/08/15)

私が不勉強なのは、やはり反省するところだが、それでもこの「肉弾」というおどろおどろしい題名の本が、20世紀の初め、1906年頃に日本国内だけでなく、世界16ヶ国で広く読まれていたことをどれだけの人が知っていることだろうか。

Port Arthur

photo : Pixabay

日露戦争を最前線で実際に戦った櫻井忠温(ただよし)によって書かれたこの本は、開戦時1904年の人々の士気・雰囲気、そして、その年5月、遼東半島上陸から、8月の旅順攻囲戦第一回総攻撃までを生々しく記した本である。また、2016年に中央公論新社によって発刊なされた「肉弾 – 旅順実戦記」は、新字新仮名にて文庫化した本とのことであるが、文体を含め明治期の雰囲気を味わうことができる本である。

日露戦争では、初めて本格的に実戦投入された機関銃や大規模な塹壕という当時の近代兵器に「肉弾」で攻略をしかけるという、極めて過酷な消耗戦が繰り広げられ、“累々たる死屍を踏み越え乗り越え”などといった比喩ではない描写が幾度となく記される。その過酷な戦場の詳細な描写と、日露双方の士気の高さ、意外なまでにも悲壮感のない日本国軍人の日常描写が、まず心に残る。しかし、戦場のあまりに過酷な描写も、現代日本に生きる私には現実感を伴った感情に結び付けることができない。ただ思うことは、人は極限の状況下で、こうも強くなるものなのかといったことである。

小隊長八田少尉は敵弾のために胸部を貫かれたが、彼は毫も屈せず、なお「前へ!前へ!」の号令を叫び、迸(ほとばし)り出づる血潮を意とせず、負傷せしこと部下にも告げず、ただ一心に目指す敵陣さして猛進せしこと実に千メートル、ついに第二の占領線に近づくや、微かに万歳を唱えて息は絶えた

なんという強い意志、高い士気なのか。しかも、士官クラスだけではなく、末端の一兵卒にいたるまで、死の瞬間でさえも高い士気を持ち続けていたことが、数多くの場面で描かれている。そして、それでいて死と隣り合わせの状況においても互いを思いやる心を持ち続けている。かつての日本人は、心優しき戦闘民族という、とてつもない集団であったことは、驚きよりも、その源泉はどこからくるのかという疑問に辿り着く。

この本のなかでは「武士」という言葉が何度も使われている。しかし実際は農民や商人などの出身で、武士ではなかったものが大半であったことであろう。彼らはいったい、どこで高い士気を身に着けたのだろうか。この戦争のわずか50年ほど前に、長い平和の時代から激動の時代に叩き込まれ、そもそも、戦を業としていなかった者たちが、どこで何を学んできたのであろうか。

面白い対比がある。

(露軍の)俘虜に対し、何故汝等はかくも頑強なるかと糺(ただ)してみたれば、大抵の者は、「命令だ。」と答えた。露兵は上官に対して、絶対的服従をなすものなることはかねて聞いていたが、果たして実戦に際して、彼等は絶対の服従をなし、死に至るまでも、その任務は忘れなかった。

極めて高い士気。その源となるところは国、民族により様々であってたとしても、高い戦闘遂行能力を持つ国のみが大国として生き残ってきたということを改めて思い知らされる。そして、衰退していった国々の悲惨さと更なる過酷さ、特に民間人の過酷さは、歴史に記されたとおりである。

私たちが、多くの問題は抱えてはいるが、それでも平和な日々を享受できている日本国に暮らしていられるのは、この時代の人々のおかげであることは間違いのないことだ。

旅順攻囲戦の第一回総攻撃で東鶏冠山砲台攻撃の隊に属した櫻井忠温は、この戦いで瀕死の重傷を負い第一線を退くこととなる。この本「肉弾」も、その後の第二回総攻撃以降については描かれていない。機関銃や、大規模な塹壕、高電圧の鉄条網など、当時の先端の兵器に立ち向かい、203高地攻略、日本海海戦などを経て、日本国の生き残りに道が開かれたわけである。

この勝利を得んがためには、家を棄て、国を去り、死を決して前後出征したる一百万の日本武士が、遼東の山、満州の野に、はた黄海、日本海にいかばかりの艱難を具にしたか。またこれがためにいくばく大の価を払ったか。これは国の歴史が詳かに記し、後世子孫をして永く忘れざらしむべきものである

日本は劣化したと思わざるを得ない。「平和・平和」と唱えていれば、なぜか平和が訪れるという不思議な唯物論者が、過去を忘れ、ありもしない作り話で、私たちの礎を築いてくれた祖先を辱めているという惨状。なぜ「永く忘れざらしむべきもの」なのか。それは、子孫がまた同じ悲惨な戦いを経験しないで済むように知恵を積み重ね、強い国を作るようにということなのではないだろうか。特に、かつて第二次世界大戦当時に、戦争を煽り、日本をミスリードした新聞を始めとするマスメディアが、今度は違う罠で、子孫をおどろおどろしい体験へと誘っているように思えてならない。

70年前に日本が敗れた、あの大戦の前にあった日本の良さは消え去り、大国の狡猾な戦略に太刀打ちができなかった日本の弱さ、新聞や大本営、憲兵にみられた日本の醜さばかりが、益々大きな影響力を持つに至るような気がしてならない。子供たちのためと謳い、「平和」を唱える不思議な宗教の如き、唯物論者たちの前代未聞の挑戦に敗れたとき、おどろおどろしいまでの現実に晒されるのは、いつも普通の庶民なのだ。

トップへ戻る